ぐももも...
モスクワ市内をぶらついていたら,突然高層ビルが目に入ってきた.かなり遠くにあるのに圧倒的な迫力.こういう壮麗な建築物がモスクワにはいくつかある.
ウクライナホテル.モスクワ川をはさんでロシア連邦議会(ホワイトハウス)の対岸にある,由緒正しきホテル.ガイドブックによると30階建て172m.しかしこの形だと実際よりもかなり高く見える.
アパート街を抜けてふと周りを見渡すと突然現れた.尖塔の先の方はかすんでいる.道行く人に聞くと外務省だという.ふぅ〜ん,そういうことか.共産主義社会といっても幹部達はこういうのを造って,あたりを睥睨し悦に入っていたに違いない.
モスクワ郊外ボロビヨヴィ・ゴーリにあるモスクワ大学の中央学舎.これも造りは壮麗で,東西南北どこから見ても対称形になっている由.そんな形にして迷わないのか? 大理石や油のしみた木の床,彫刻の施された分厚くて重たい扉,科学者のレリーフと,歴史を感じさせる.写真の中央学舎は,上の方の階が学生寮になっており,キャンパス内どころか,中央学舎内ですべてがそろってしまうので,卒業までビルの外に1歩も出ないで暮らした学生がいるというわさすらある.ロシアにおける東大といわれるが,そんなものじゃなかろう.少なくとも東欧革命までは,世界の社会主義陣営の国々の最高学府で,いわばハーバードかケンブリッジというところ.ところが最近はしょぼい.内部の電気はほとんど消されている.97年時点では,助教授クラスの月給(経常研究費込み)は$100しかなく,しかもちゃんと払われるのは7割ぐらいで,のこりは遅配か欠配.ルーブルの信用が全くないので支払いはドルの由.それが正しい選択だったことは98年のルーブル危機で証明された.いくつかプロジェクト資金をとって月に$400〜500ぐらいになり,普通の研究生活が送れるとのこと.話をすると知識も豊富でよく勉強しており,最新の世界の研究動向も知っていた.が,いかんせん設備も金もない.相当にフラストレーションがたまっているようだった.ロシア人をたくさん呼べば東南アジアあたりからの留学生を抱えるよりもよほど研究が進むだろう.
モスクワ川畔にあるロシア連邦議会(ホワイトハウス).93年秋,対立し立てこもった連邦議会に対してエリツィンが対岸から戦車で砲撃したといういわくつき.訪れたときにはきれいに修復されていた.正門前で写真を撮っていたら,ターミネータみたいな守衛が制止してきた.だめなんすかぁ,みたいな感じで英語で聞き返しているうちに,突然突き飛ばされた.次の瞬間,黒塗りのリムジンが全速力で敷地の中に走り込んだ.誰が乗っていたのだろう?
ポーランド,ワルシャワ中心部にある文化科学宮殿.ワルシャワ中央駅からよく見える.ソ連の衛星国時代にソ連により建築されたという.
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